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【びわこ観光特派員ブログ(28)】瀬田唐橋の大イチョウ

琵琶湖には大小合わせて約200本の川が注ぎ込んでいますが、びわ湖から注ぎ出る川は瀬田川の1本だけ。
東国から京へ登るには瀬田川か琵琶湖を渡るしかなく、瀬田川にかかる唯一の橋であった瀬田の唐橋は古来より幾度となく戦火の舞台となり、「唐橋を制する者は天下を制す」と言われました。
また、日本3大名橋のひとつに数えられ、唐橋界隈にはいまも旧東海道の面影を伝えています。

瀬田の唐橋たもとに立つ大イチョウです。
R石山寺紅葉2011 (6)


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【びわこ観光特派員ブログ(27)】紅葉真っ盛り・石山寺

我が家から徒歩圏内の石山寺。
シーズンを問わずに事あるごとにお参りしておりますが、今年も華やかな紅葉シーズンを迎えたのを期に訪れました。
また、今は国宝・多宝塔の屋根の檜皮葺き替え作業中でもあります。前回はこの作業をレポートいたしましたが、今日はこの作業の進捗状況も見たい・・というのも、入山目的のひとつです。

いつもの重要文化財指定の東大門です。石山寺を語る時は、やっぱりこの門から始めなければなりませんね。
この日は昨夜からの雨もあがり、沢山の参拝者や観光客でにぎわっていました。
R石山寺紅葉2011 (91)

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すこし秋色・・・をさがしました

いつも散歩に行く県立文化公園。
暖冬のせいか、本格的な秋はもう少し先のような雰囲気ですが、木々は確実に秋の装いを初めていました。
散歩途中で探した秋の装い。そんな風景を、魚眼レンズなどで切り取ってみました。

resize13873.jpg

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岸壁の母、舞鶴引揚記念館を訪ねて

舞鶴市・引揚記念館を見学しました。
涙腺がトシと共に緩くなってしまった私でしたが、それを実証してしまいました;;。

岸壁の母。
第二次世界大戦終結後、祖国日本に帰れずに旧ソ連・シベリアに抑留されてしまった50万人以上の日本人のなかの息子・新二さん。
抑留生活からやっと開放され引揚船で次々に帰ってくる兵士たちを、東京に居住しながら1950年(昭和25年)1月の引揚船初入港から6年間、引揚船が入港する度に舞鶴の岸壁に立って息子・新二さんの帰りを待ち続けた端野いせさん(故人)の通称です。
結局母親のいせさんは、息子・新二さんの帰りを迎えることなく、81歳でこの世を去りました。息子さんの死亡確認書が発行されたのはその後数年経ってからでした。

引揚記念館。
ここにはソ連の極寒の地・シベリアに抑留されたときの生活の様子や、昭和31年まで続いた引揚げの資料などが展示されています。
R岸壁の母 (31)

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JR西・吹田工場を見学しました!

毎日の通勤電車の窓から眺める、JRの吹田工場。沢山の車輪が工場内に並べてあり、点検等の車両が工場の中まで入っていく姿を時々見かけるたび、一度は見学してみたいと思っていましたが、今回ようやくチャンスが回ってきました。

工場入り口。10時過ぎにはすでに大勢の家族連れや鉄ちゃんグループが入っていました。
工場はいくつもの棟に分かれており、こんなに広いとは思いませんでした。
RJR吹田工場 (77)

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京都御所・秋の一般公開

好天に恵まれた11月4日、京都御所を見学しました。

京都御所は、市内中心部の広大な京都御苑の敷地内中央北寄りにあります。
その昔、桓武天皇により都が京都に遷った794年(延暦13年)に造営された大内裏で、その後明治2年に明治天皇が首都を東京へ移すまで、天皇の住居として用いられました。

クルマを寺町駐車場(京都御苑東側)に止めた関係で、御苑には東門の清和院御門から入りました。
御苑の中には、大きく分けて京都迎賓館、仙洞御所・大宮御所、京都御所の3か所の長いついじ塀(御所塀)に囲まれた建物がありますが、今回入ったのは京都御所です。

京都御所東側の建春門です。
このついじ塀に囲まれた中が、京都御所です。
R京都御所 (11)


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nakataka421

Author:nakataka421
ようこそいらっしゃいました。
記述内容に誤りがある場合もありますので、真剣に読まないで下さいね(笑)。足跡を残して戴ければ、嬉しいです。<店主>

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