【びわこ観光特派員ブログ⑪】冬の晴れ間・坂本ケーブルで比叡山へ

冬の晴れ間の一日、坂本ケーブルで楽しみました。

比叡山を登るケ-ブルは京都側と滋賀県側の2ルートがありますが、今回乗車したのは滋賀県側、大津市坂本地区から登る日本一の坂本ケーブルです。
坂本ケーブルの歴史は古く、大正14年開業とか。駅舎は大正ロマンが漂う高貴な雰囲気を持ち、国の登録有形文化財に登録されています。
距離は2.025km。時間にして約11分を2両のケーブルカーが最大勾配333‰を登り降りします。

国の登録有形文化財に登録された、ケーブル坂本駅です。
鉄筋建のように見えますが洋風木造2階建で、当時としてはモダン建築で人気を博したそうです。
R比叡山ケーブル

この日も底冷えが強く、待合室にはストーブが・・。
このあと、団体客がぞろぞろと入って来られました^^。
R比叡山ケーブル (22)

天井や照明はまさに大正ロマンいっぱい、レトロでいい雰囲気の建物ですね。
R比叡山ケーブル (55)

待合室には今日の天候や気温が掲出されていました。
山頂の比叡山駅の気温は0℃のようです!。
R比叡山ケーブル (65)

平成5年にリニューアルされたケーブル電車の車体は、窓を大きくとったヨーロッパ調の明るいデザインです。
パンタグラフが付いていますが、先般バッテリー駆動に設計変更されたので、いまは駅に停車時の充電用として使われています。
R比叡山ケーブル (66)

出発してまもなく、雪景色が見られました。
R比叡山ケーブル (7)

この日は生憎とびわ湖の眺望は良くありませんでしたが、満員のお客さまは雪景色を堪能されていたようです。
R比叡山ケーブル (24)

ターンアウト。
中間点で下りケーブルカーと行き違います。
ケーブルカーは急勾配の線路を登るので、車両にはロープを接続して巻き上げる「つるべ式」になっています。巻き上げ機は山頂の比叡山駅にあります。
ケーブルカーの車輪は一般の列車の車輪と違い、フランジが付いているのは片方の車輪だけで、もう一方の車輪はレール上を転がっているだけ・・という、車内説明でした。

また、2両のケーブルカーにはそれぞれ名前があり、乗車している車両は「縁」号、降りてくる車両は「福」号で、ともに第253世天台座主の筆で車名が掛けられています。
R比叡山ケーブル (10)

150mの深い谷を渡ります。ここの勾配はなんと260‰。
R比叡山ケーブル (8)

まもなく終点、比叡山駅です。ここまで登ると、かなり雪が積もっています。
途中には「ほうらい丘駅」と、「もたて山駅」の2駅あり、降りて散策することが出来ますが、今回は雪が深いなどで散策は出来ませんでした。
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ケーブル比叡山駅。
この駅舎も国の登録有形文化財です。
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駅前では雪かき作業の真っ最中でした。
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無動寺方向からみたケーブル比叡山駅です。
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この駅舎は、近畿の駅100選にも選定されています。
R比叡山ケーブル (48)

四角い窓や駅舎内の壁はビード繰出し装飾が施され、大正ロマン満載です。
R比叡山ケーブル (58)

付近の石垣にはつららがびっしり!。
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うれしいサービス!。
山頂駅下車時に乗客全員にカイロがプレゼントされる、うれしいサービスがありました。
R比叡山ケーブル (45)

プレゼントされたカイロを握って、さあ雪道ウオークに出発です。しかし寒い・冷たい!(笑)。
R比叡山ケーブル (38)

いやァ~、楽しかったです。大津に引っ越して30余年、比叡山へは数え切れないほど登っていますが、坂本ケーブルに乗っての登山は今回が初めてでした。
次に乗るのは新緑のころ・・いや、真夏の涼を求めて・・・、いやいや、秋の紅葉もいいかなァ~~。

◎比叡山・坂本ケーブルHPはこちらです。
◎BVB特派員レポートはこちらです。



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【びわこ観光特派員ブログ⑩】近江神宮・時計博物館

近江神宮・時計博物館を見学しました。
近江神宮は飛鳥時代に天智天皇が造営した大津京の旧跡にあたり、皇紀2600年にあたる、昭和15年にこの地に近江神宮が創建されました。
近江神宮でおまつりする天智天皇(中大兄皇子)は、大化の改新を行ったことで知られますが、また、日本で最初に時報制度をつくったことから、「時」の神様としても崇められてきました。

神宮境内には、日本最初の時計「漏刻」(ろうこく)の復元模型や、4000年前に中国で使われた龍型の火時計、世界最高精度の日時計などを見ることができます。

近江神宮正面の門。立派な赤門です。
訪れたのは正月3が日を過ぎていましたので、凛とした大変静かな境内でした。
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火時計。
4000年前。火縄に火を点けて、燃えるまでの間隔を一定の時間として定めたのでしょうか。
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日時計。
これは昔、小学校4年生?ぐらいで習ったような記憶があります。
この日時計、その通では最高精度の日時計のようです。でも、雨の日や夜はどうなのでしょうかね?。
R近江神宮・時計館 (25)

日時計。
形式が違うのでしょうか。素人の私にはわかりません・・。
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水時計。
水の流れ量で時刻の経過を知らせる時計で、よく考えているものだと感心して見ていました。
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時計博物館。
旧時計館をリニューアルし、近江神宮の赤のカラーとよくマッチした建物に生れ変わりました。
R近江神宮1・24

時計館1F。
館内は撮影禁止なので、入り口からすこしだけ撮らせていただきました。
館内は空調が良く利き快適な環境で、珍しい歴史的・工夫的な時計が解りやすく解説され、陳列されております。
なかでも、お香時計、和時計、歴史を感じる外国の時計など、時計趣味の方なら必見です。
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時計館2F。
近江神宮を訪れになった皇族の方々の記念品などを展示しています。
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おみくじ。
初詣にはすこし間が空きましたが、私としてはめったに引くことがないおみくじを引きましたが・・・。
なんと大吉でした!。(大喜笑!)。
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今年こそはいいことがある予感を感じたレポートでした^^。

◎天智天皇ゆかりの地はこちらです。
◎近江神宮ホームページはこちらです。
◎BVB特派員レポートはこちらです。

大阪夜景

仕事の帰り、すこし回り道をして夜景撮りをしました。
いつもは地下鉄利用のため地上の風景を見ることは出来ませんので、今回は帰宅ルートを変更し、御堂筋を徒歩で大阪駅へ向かいました。歩く距離は淀屋橋から大阪駅まで約2km程度です。

淀屋橋交差点。
金曜日の夕刻にしてはクルマは少ないかも。。
R夜景 (6)

淀屋橋から見た中ノ島。
高層ビル郡の夜景はキレイです。右側奥に建設中のフェステバルホールビルが完成するのも、まもなくです。
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大江橋から見た堂島。
赤く照明された橋を渡ると、全日空ホテルです。左の高層ビルは28階141mの住友・中之島セントラルタワーです。
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日本銀行大阪本店。
お金はくれませんが、写真は撮らせてくれます(笑)。
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北新地。
景気の回復を予感するほどではありませんが、すこし活気が戻ったようですね。
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梅田マルビル。
周りに巨大ビルがなかったころは梅田のステータスでしたが、付近に高層ビルが立ち並んだ今は、近くまで行かないと分かりません。
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阪急百貨店が入る梅田阪急ビル、オフィスタワー。
全館オープンにはまだすこし時間が掛かるようですが、42階の超高層ビルです。
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大阪駅。
改装中の大阪駅に隣接する大丸百貨店の増床工事も5月オープンを目指して山場を迎えています。
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2km歩いて、いい運動でした^^。

225系・やっと乗れました

225系は、2008年まで製造された223系の次世代改良車両です。
東海道・山陽・湖西線と阪和線・関西空港線の関空快速・紀州路快速などで昨年12月から、営業運転を開始しました。
先日の帰宅時、大阪駅から初めて乗ることが出来ました。

この電車は、2005年4月に発生した福知山線脱線事故を受け、列車が衝突した時の運転席周りに比べて相対的に乗客への衝撃と客室の変形を抑えることで乗客の安全を守ることを第一に設計されました。

運転席のデザイン。
ステップが安全性を重視して、黄色に塗装されています。
R225系

大阪駅10番ホームに停車中の225系。
車体塗装は223系と同じようです。各車両すべてに動力装置が付いています。
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車内では、つり革や手すりを大型化し、目立ちやすいオレンジ色として緊急時につかまりやすくするほか、つり革の数を1両につき223系電車の80個から124個を設置しています。
台車などの細かい改良で揺れも少なく音も静かで、乗り心地は良くなりました。
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前身の223系です。
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321系。
東海道・山陽区間の通勤各駅停車用として活用されています。
225系はこの321系の車内デザインを手本にしたようです。
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221系。
今は主に大和路線や嵯峨野線などに転用されています。
この電車の走行実験データを基に、223系や683系などの特急車両が作られたようです。
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大阪駅の改築工事は今年5月オープンを目標に急ピッチで進んでいます。
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【びわこ観光特派員ブログ⑨】水に浮かぶ・佐川美術館を訪ねて

佐川美術館。
びわ湖の東岸、湖周道路を大津から走って約20分のびわ湖大橋の手前、佐川グループの中にありました。
28,872㎡(約8,700坪)の広大な敷地の大部分を占める水庭の中に、本館6,107㎡(1,850坪) と新館2,265㎡(690坪)の2棟が、びわ湖を望む自然とよくマッチした、まさに「水に浮かぶ美術館」として華麗な姿で建っています。

 建物の中は大変ゆったりとしており、日本画家の平山郁夫氏、彫刻家の佐藤忠良氏、陶芸家の樂吉左衞門氏の展示館を時間をかけてゆっくりと鑑賞することが出来ます。また特別展示室では、企画展として絵画、工芸、歴史考古など様々な内容の紹介や、講演会、コンサート、ワークショップなどを開催しています。
 今回の取材では展示作品の撮影はNOでしたが建物や共有部分はOKでしたので、鑑賞案内順路に沿ってご館内をご紹介いたします。
なお、鑑賞案内順路にこだわることなく、何回でも鑑賞することも出来ます。

美術館ゲートです。
ゲート前はバス亭広場となっており、JR堅田駅と守山駅からバスが出ています。また、50台程度駐車できる駐車場もあります。美術館へのお客さまの駐車料金は無料です。
R佐川美術館 (60)

ゲートを入ったところです。
建物が大きいので、24mm広角レンズでも全容は入りません。
R佐川美術館 (62)

本館に入る前に、池横を巡ってみました。
ここからの眺めは、まさに「水に浮かぶ美術館」を実感です。
R佐川美術館 (58)

本館へは、水庭にかかる橋を渡って入ります。
大きな裸婦の彫刻が迎えてくれます。
R佐川美術館 (6)

本館入り口は、建物の右手を20mほど水庭に沿って歩いたところにありました。
R佐川美術館 (8)

エントランスホールです。
ここから鑑賞順路が判りやすく表示されており、展示品を見逃すことなく安心して見学できます。
R佐川美術館 (10)

まず、「平和の祈り」と題した、私の好きな平山画伯の展示館から入ります。
鑑賞後の感想ですが、圧巻でした。感動しました!。
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次は「ブロンズの詩」佐藤忠良館です。
ここでは多数の女性ブロンズ像が展示されています。
型を取ってからブロンズに仕上げるまでの工程が解説されておりましたが、職人以上の“わざ”が必要とのことでした。
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ミュージアムショップSAMです。
ここでは、展示されている作品のモチーフやお土産などを購入することが出来ます。
R佐川美術館 (22)

コーヒーショップSAMです。
水庭を眺めながらのコーヒータイムは、なかなかいいものですね。ちなみにコーヒーは600円でした^^。
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反対側から見てみました。
R佐川美術館 (20)

情報コーナー。
ここでは美術に関する色々な書物・雑誌などが置いてあり、自由に見ることが出来ます。
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また、備え付けの2台のパソコンを自由に利用でき、作品の閲覧・解説などを見ることが出来ます。
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館内の長い廊下には所々にシックな長いすが置かれ、水庭を眺めながら休憩出来ます。
R佐川美術館 (35)

コインロッカーもありました。貴重品や手荷物を預けるのに便利です。
R佐川美術館 (40)

一旦、エントランスホールを横目に通り過ぎると、地下展示館に入ります。
「守破離」と題した、楽吉左衛門館です。
作者の意向により照明を落として暗くした展示室で、日本古来の茶の文化の奥深さが解ったような気がしました。
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楽吉左衛門先生創案の茶室です。見学には電話で事前予約が必要です。
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この日のびわ湖は薄日ながら冷たい北風が強く吹いた寒い日でしたが、リッチで大変有意義な一日となりました。
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あとがき
佐川美術館は、平成10年3月に開館しました。
設計・施工は竹中工務店が担当し、これまでにグッドデザイン賞(施設部門)や日本建築学会賞2000年作品選奨など、多数の賞を受賞しています。

◎滋賀県観光情報はこちらです。
◎佐川美術館のHPはこちらです。
◎BVB特派員レポートはこちらです。

【びわこ観光特派員ブログ⑧】旧逢坂山トンネルと廃線探訪記

旧逢坂山トンネルと、旧東海道線を探訪しました。

 東海道本線・京都~大津間が開業したのは、明治13年(1880)7月でした。
現在の京都~大津間の所要時間は、わずか10分余りですが、京都~大津間をほぼ直線に結ぶためには東山と逢坂山両山脈をそれぞれ貫く長大なトンネルを掘らなければならず、当時の日本にはそのような技術はありませんでした。
 そこで、京都駅から現奈良線を南下し稲荷駅付近から勧修寺を経由して山科地区を横断、大谷に至り大谷~大津間の逢坂峠を掘って、大津まで抜けることになりました。
 これが現代の近代化産業遺産となった「日本の技術で初めて掘った山岳鉄道トンネル」と言われた逢坂山トンネル(665m)です。
 しかし、逢坂峠は標高180m程度の低い峠ながら、トンネルの前後は25‰の急勾配の難所であったため、 東海道線の輸送量が増加するにつれて次第にネックとなっていきました。 これを解消するため大正3年(1914)に東山トンネルと 新逢坂山トンネルを通る勾配を緩和した現行ルートの建設が着工、 7年後の大正10年に新東海道線が開通したのを機に、わずか40年余りで逢坂山トンネルを含む前後線は廃線となったのです。

 廃線跡はその後、大部分が名神高速道路の建設用地に転用され、 逢坂山トンネルの西口も名神高速の盛土の下に埋まり、現在は東口のみが現存し保存されています。


逢坂山の関所跡。
万葉の昔から歌にも詠われた峠。現在も交通の要所です。
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旧逢坂山トンネル跡です。これまでのトンネルは外国人技師を主に掘られていましたが、このトンネルからは日本人技師と工夫の手で掘られました。
左側が先に掘られ、複線用として後から右側が掘られました。現在、トンネルの中は京都大学地震観測研究施設として使われています。
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トンネル上部にある石額は、竣工を記念して時の太政大臣三條実美の筆による楽成頼功の文字です。
正しくは洛成・・なのですが、落ちるという縁起を嫌って、楽成にしたとか。
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平成20年、通産省・近代産業遺産に指定されています。
R逢坂山トンネル (51)

逢坂山トンネル大谷側出口跡の石碑。この約20m地下にトンネルがありました。
R逢坂山トンネル (19)

現在は名神高速道路になっておりますが、左側車線の左側あたりに大谷駅が作られました。
大谷駅は当初はトンネル工事の資材運搬用の駅だったのですが、トンネル完成後は乗客用駅に転用されました。
しかし当時このあたりは一面竹やぶで、乗降客の利用はほとんどなかったようです。
R逢坂山トンネル (23)

旧線路は、国道1号線と名神高速道路の交差手前を名神に沿って左へカーブし、山科・勧修寺方面へと続きました。
R逢坂山トンネル2

一方、大津側はトンネルを出たあと現在の国道1号線を通り、膳所駅へと向いました。
トンネルを出て現在の161号線をまたいで橋梁が掛けられましたが、橋梁あとが残っています。
見えている線路は、京阪・京津線です。
R逢坂山トンネル (8)

国道1号線の下にレンガ造りの「音羽台1号」と書かれた橋が残っています。レンガが内側に渦を巻いたような工法で作られており、めずらしい暗渠です。「ねじりまんぽ」というそうです。
R逢坂山トンネル (13)

鉄道が通っていたことがなるほどと思わせる、国道1号線のカーブです。
R逢坂山トンネル (18)

国道1号線を緩やかに下ってきた線路はここ大津市本宮あたりで、現在の線路に入ったようです。
民間会社とJR線路の間のわずかの空き地が旧線の跡です。
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膳所駅から浜大津までは大津支線として旧国鉄が浜大津港まで伸びていました。
膳所駅と京阪線の間にレールがあった緩やかな坂が残っています。
R逢坂山トンネル2 (67)

今は京阪電車石坂線として活用されていますが、もともとは旧国鉄のレールでした。
黒い石垣が並んでいますが、当時から昭和40年ごろまでは石垣の左側は白い砂浜が広がるきれいなびわ湖でした。
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最後に、現在の逢坂山トンネルです。左側レンガ造りが最初に掘られ、近年、草津までの複々線化のため、右側が新たに掘られました。
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今回の探訪記では、日本の近代化に尽くした先人達の苦労や、絶え間ない努力を垣間見ることができました。

◎政府インターネットテレビ・近代化産業遺産はこちらです。
◎逢坂の関跡はこちらです。
◎大津歴史博物館はこちらです。
◎BVB特派員レポートはこちらです。

プロフィール

nakataka421

Author:nakataka421
ようこそいらっしゃいました。
記述内容に誤りがある場合もありますので、真剣に読まないで下さいね(笑)。足跡を残して戴ければ、嬉しいです。<店主>

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