35年前のNikomat EL

古い写真をデジタル化しようと、押入れにしまってあった小さいころの思い出や、旅行写真などをスキャナーで取り込む作業をしているうちに、当時に使っていたカメラがまた欲しくなり、あちこち探してやっと手に入れました。
大阪万国博覧会(1970年・昭和40年)以降に発売されたのもで、ニコンがFマウントで初めて開発した絞り優先オートカメラ。当時の値段はレンズ込みで約6万円でした。給料が手取り3万円前後でしたから、結構高い買い物でした。
このカメラのシリアルナンバーで見ると、1975年前後の製品と思います。

SSは最高1/1000。露出補正は、フイルム感度で調整します。
マート (36)


当時では高級だった、50mmf1.4を付けました。絞りリングについている、いわゆる(カニ爪)と、ボデイー側の露出ピンをあわせて取り付けます。
一旦絞りリングをイッパイ絞ってから開放絞りに戻すことで、ボデイー側が取り付けたレンズの開放絞り値を記憶し、開放測光が出来るようになります。
この操作のときに出る音がガチャガチャといますので、ニコンの(ガチャガチャ)と、ちまたの通では言います(笑)。
マート (37)


当時としては斬新なコパル社製の縦走りシャッターを採用し、ストロボ同調は1/125以下でした。
唯一ユニークなのは、電池の格納場所です。レンズをはずしミラーアップをして、その下に6V電池が入っています。
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外観にキズは無くモルトも大丈夫、シャッターなどの機械部や露出計にも異常はありません。製造後35年以上経ったとは思えない極上品のカメラです。あとは写した写真がどうかですが、今年の春の撮影の楽しみは、これで決まりです!(笑)。
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「サクラの吉野」は、次回にいたします。

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冬の吉野山

吉野山が世界遺産に登録される以前の冬に、行ったものです。従って、デジタル撮影ではなく、フイルム撮影をデジタル用にスキャナで取り込んだものです。
吉野は日本で1、2を争うサクラの名所として有名ですが、平安時代に頼朝との権力闘争に敗れた義経の秘話や、南北朝時代には足利尊氏に敗れた後醍醐天皇が一時期隠れ住んだ場所としても有名です。
山頂には、役の行者が建立した、金峯山寺・蔵王堂の巨大建築が威厳を誇っています。

吉野山の入り口、黒門です。
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狭い金峯山寺参道の両側には、「だらにすけ」などの薬草を販売している店や、休憩所・旅館などが並びます。
黒門から500mぐらい歩くと、金峯山寺(国宝)の山門です。
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迫力120%の仁王像が出迎えてくれます。
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金峯山寺(国宝)蔵王堂です。山門と背中合わせに建っており、不思議な伽藍配置となっています。
役の行者が建立したと伝えられ、平安以前の時代のこんな山奥に、どうやってこんな巨大な伽藍が建築できたのか、不思議です。
蔵王堂の中は撮影禁止でしたが、撮影できたとしても、その迫力や神秘的な空気はお伝えできなかったでしょう。
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南北朝時代、足利尊氏に都を追われた後醍醐天皇は、この地でしばらく身を隠したとされています。
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金峯山寺・蔵王権現はサクラの木で出来ています。ここで修行した僧や参拝者は、蔵王権現にあやかりたい思いで、サクラの苗木を吉野山に植えて帰ったのが、今となっては全山サクラの山となりました。
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実はこの2年後の春、サクラの時期に再度訪れています。次回は、サクラの吉野山です。早くスキャンしないと・・・(笑)。


三条大橋と先斗町界隈 その2

先斗町は、京都の祇園とはまた一味違う繁華街です。高辻通りにかかる「どんぐり橋」から三条通りまでの約800mのせまい道路の両側に、小料理屋さんやスナック関係が並びます。特に四条通りから三条までがいわゆる「先斗町」で、一番華やかな地域です。観光客も多く良心的なお店ばかりですので、一見さんでも安心して楽しめる地域です。

大人二人が並んで歩いていっぱいいっぱいのせまい幅。
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四条入り口付近は、人が行きかうのもおぼつかないほど。
右側(東側)は京の夏風物詩で有名な「鴨川納涼床」が楽しめる料理屋さんが並びます。
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京都特有の路地。ここにも沢山ありますが、通り抜けられる路地と、そうでない路地があります。
この路地は、通り抜けられます。通り抜けた先は、木屋町通りです。
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この路地は、通り抜け出来ません^^。
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道幅が狭いので、自転車も歩いてください^^。
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最近は観光客向けに様変わりの先斗町ですが、私が若いころは風流な和風のお店ばかりだったような記憶があります。これも時代の流れでしょうかね・・・。


三条大橋と先斗町界隈・その1

京都・三条大橋は東海道の始発(終着)点です。冬の京都・三条大橋と先斗町界隈をスケッチしました。

昔はこれほどの交通量は無かったのでしょうが、交通の要所だったことには今も昔も変わりはありません。
鴨川を東に渡るとそこからは洛外です。(写真は、東から西方向に見ています)。
大橋の下、三条川原はその昔は極悪人たちの処刑場・・だったとか。
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三条大橋東北詰めには、出雲阿国像が迎えてくれます。阿国は何を思って京の町で踊っていたのでしょうか。
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欄干のエボシにも歴史を感じます。
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冬の鴨川は、ユリカモメなどの絶好の餌場。ここでおなかを膨らまして、夕方にはびわ湖へ寝に帰るそうな。
写真は、三条大橋から四条大橋を見ています。
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大橋を西に渡って(洛内)に入ります。やじさん・きたさんが、にこやかに迎えてくれます。
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やじさん・きたさんの前の細い道路を南に下りますと、そこからは有名な先斗町です。
先斗町に入って最初に目に付く建物は、この歌舞練場です。舞妓さんたちが日夜ここで芸を磨く場所です。
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この続きは、次回で・・。

蘆山寺の鬼踊り

京都の節分会の代表行事の一つに数えられる、廬山寺の追儺式鬼法楽(ついなしきおにほうらく)を見学。これは通称鬼踊りと呼ばれ、これに登場する鬼は人間のもつ三毒、つまり貪欲・怒り・愚痴を表現しているそうです。この三毒を運勢の変わり目といわれる節分の日に追い払い、開運をはかり新しい節を迎えるということですが、あやかれますでしょうか。

蘆山寺は、京都府立大学と京都御所の間、梨木神社の向かいにあります。紫式部が生まれ育った寺としても、有名です。
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僧侶がおごそかに本堂に入ります。
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読経のなか、太鼓とほら貝にあわせて、赤青黒の3匹の鬼が現れます。
赤鬼は右手に剣、左に松明を持っています。
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黒鬼は、大きな“かけや”?。かなづち?。
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青鬼は、斧を持っています。3匹でどんな建物でも壊して侵入できる・・と、いうことでしょうか。
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鬼は舞いながら、読経が続く本堂になだれ込みます。
しかし仏の使いが現れ、鬼退治のご誓文を唱えながら、東西南北に向けて矢を放ちます。・・・と。
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悪が払われて、本堂に侵入していた鬼が逃げて行きました^^。
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いやァ、日本の伝統行事は本当に面白い。今年はウチにも福が来るかも・・(笑)。

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